会社設立の想い


新春随筆 「青春に帰ろう」

川名 喜之     

2009.01.01     

 

    平均寿命に近くなった自分が若返りたいというのではない。今の日本のことである。日本は戦後65年目を迎える。奇跡の成長を遂げた後に日本は世界第2の経済大国になったのだったが、その後低落の苦難の今、戦後最大の危機を迎えているように思われる。そこで「青春に帰ろう」と言いたいのである。

    20089月のアメリカのリーマンブラザーズ破綻を契機に世界の経済同時危機は深刻さを増した。日本は大企業の連日のような経営不振のニュース、契約社員の解雇の報告に喘いでいる。アメリカの自動車会社Big 3が場合によって倒産か大リストラに追い込まれるというニュースは世界に一層の不安を巻き起こしている。誰も2009年はひどい年になる、どう生き延びたらよいかと不安に満たされているように思われる。誰も新年に明るい希望を語ろうとしない。

    64年前日本はもっと深刻だった。焼け野原の東京で食べるものもない中で、明日はどうなるのか分からない時代だった。でもその時、新しい未来を、新しい日本を作りたいという人たちがたくさんいたのである。1946年にできた東京通信工業株式会社を作った井深達がその例である。彼らはその中から明日の時代を開くテープレコーダを作り、トランジスタでラジオを作り出し、新しい時代を先導したのである。彼らは青春だった。勇敢にも誰もやらなかった仕事を自ら切り開いたのだった。今「青春に帰ろう」というメッセージは老化した日本の産業界、社会に対する提言になりうると思うのである。

    今、自動車が売れない、テレビが売れないという。時代が変わりつつあるためと考えるべきではないだろうか。理屈はともかく、人々が本当に必要とするものは何かを考えた商品を作り出すことが今求められているのは確かであろう。自動車ではコンパクトカーで徹底的に燃費が安く、軽く、値段が安く、信頼性の高い車であろう。前々から言われてきたように、それは燃料電池車であり、電気自動車であろう。しかし、その実現は決して容易ではない。安く、信頼性が高い、という条件が付いているからである。 テレビで求められるのはもはや大型ではなく中型で今のたとえば1/3の消費電力で、値段が今の液晶テレビより安く、薄いといったようなものであろう。それが世界の求めているものであろう。

    今の世界は1946年とは全く違う。その対比をそのまま考えることは間違っているだろう。それでも上にあげた商品の目標の設定は当時の目標設定の困難さに比べればむしろ容易である。ただその実現の困難さはずっと高いだろう。しかし、困難に立ち向かって誰よりも早くビジネス化を達成するものが生き残ることができるのは明らかである。井深は自分の目標に社運をかけた。この姿勢こそ青春である。日本の産業界は年をとった。それに比べて、アジアの諸国はいま青春の力を持っているように見える。 

    日本は今こそ青春を取り返そう。それがこの困難な時代に生きる道であると思う。日本は目標を達成する技術力をどこよりも強く持っている。そう考えれば2009年は面白い年になる。産業界の青春の意気が日本の繁栄を取り戻すことになるだろう。そう期待したい。


創業時の記事から

 

週刊誌『サンデー毎日 (4頁)』 20051211日号 掲載  及び  『日本経済新聞 (1面)』 2005611日 掲載

 

 

 

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